静脈瘤へのレーザーによる治療ブログ:15-11-17


最近は、
親父も母親も外で働く、
いわゆる共稼ぎの家庭って全然珍しくありませんが…

ぼくが子どもの頃は、
親父が外へ働きに出て、母親は家にいるという家庭が
多かったんですよね。
ぼくの家もそういう家庭でした。

とは言っても
我が家は裕福な家庭ではありませんでしたから、
母親は家で一生懸命内職に励んで、
家計の足しにしていました。

このころから、
世間で「鍵っ子」と言う言葉が
よく使われるようになってきたようです。

母親も外へ働きに出る家庭が
増え始めてきていたんですね。

そのため、
家の鍵を持ち歩かなくてはならない
子どもが多くなり始めていました。
このような子どもが「鍵っ子」と呼ばれていたんです。

ぼくが通っていたクラスにも、
鍵っ子が何人かいました。

今は週休二日が当たり前で、
土曜日も日曜日も学校はお休みですが…

当時土曜日は、小学校は休みではなく、
午前中だけ授業があったんですよ!

しかし、給食はありませんでした。
当然ながら鍵っ子は、
お昼食をどうにかして確保しなくてはなりませんでした。

多くの鍵っ子がどのようにしてこの問題を解決していたかは、
ぼくは知りません。

ぼくの母親は、そんな鍵っ子である仲間を
家に連れて来るように言いました。

ぼくは、母親の言うとおりに、
土曜日には鍵っ子を連れて家へ帰りました。

母親は、
仲間の分のお昼食も用意してくれていました。
ぼくと鍵っ子である友達は、仲良く同じお昼ごはんを食べました。

お昼ごはんを食べ終えると…
ぼくと仲間は、
仲間の母親が帰ってくるまで
思う存分遊べたのでした。

ぼくは、そんな土曜日の午後が
たまらなく好きでした。







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